Anonymous relationship
watercolor on paper
170×220(mm)
2011.6.1
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(長い注釈を以下に)

 シアン、マゼンタ、イエロー、…実際には水彩紙に水で濡れ性を与えてコンポーズブルー、パーマネントマゼンタ、カドミウムイエローレモンといった絵具を乗せて…乾いたものですが、先に挙げた3つの色に近いものを構成しています。

 端的に述べて、ここにあるのはそれぞれの色の関係性です。ここでの色の選択は「色の3原色」を用いていますが、あくまでケーススタディです。ひとまずここには、ある種の「関係によって生じた場」があるわけです。この絵に用いられた透明水彩はいまや完全に乾いている物体ですから、固定的な場として存在するのです。このように形が物理的に固着した以上、基本的に作品のあり方が変化しようがありません。

 ところで、わたしがこれを絵画作品として提示しているにも関わらず、作品としてこれが何を意味するのかがまるで不明となっています。一応それぞれの主な色名は鉛筆でか細く書き加えられています。でも、その3つの色名が示す以上のことが、不安定に、捉え難く生じているわけです。結果的に、物理現象としての構造はそのままなのですが、解釈については様々にできます。

 制作者であるわたしがこれを表現したのでしょうか?わたしはこれに意味を見出すことができますが、何らかの意味や目的を前提に調整したわけではありません。これ自体は、ひとつの匿名の現象でしかないということです。

 …これはひとつの絵でしょうか?これは3つの色の絵でしょうか?これは、色3つとモヤの絵?

 これが何なのかを言明するのはわたしには困難に思えます。…簡単な示し方で良いなら、3つの仮説のどれかで大体良いでしょう。そしてそういった判断は、良きにせよ悪しきにせよ、暗に何かしらを考慮しない、という条件付きです。暗に為されるこの条件設定は、わたしたち自身の営為でありながら、意味がないからとか、よくわからないから、とか、とかく何かそれらしい理由さえあれば、わたしたち自身がまったく知らなくても一向に構わないことです。

( …そういえば、もう4年も前のことです。ふと、わたしの複雑な誕生日の夜にこの絵画作品を制作したことを思い出しました。犀川沿いの静かな夜だったのを覚えています。もちろん、鑑賞においてそんなことを知らずとも一向に構わないのです。通常、知りようがありません。そして、わたしにとってだけ意味があることです)

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色の3原色」という言葉を中学校の美術で習った覚えのある方は少なからずいらっしゃるかと思います。

 通常、細かな色の違いはさておき「」が取り上げられ、これら原色に加えて、以下のように相互の混色の配分(減法混合)次第で多くの色彩効果を生じさせることができます。

 赤…、これで新たに3色の色味ができました、さらに…、というように。

(光の3原色:加法混合はまた少し違った現象になります)

 「色の3原色」に用いられる絵具を一定の配分によって混合すると濃灰色となります(加法混合なら白)。

 これについて、結果的に生じるのは黒だという見方もあります。
 いろいろ説があるというのではなく、まず概念としては確かに黒が生じることになっています。

 対象物の表面が可視光線を選択的に吸収したり反射したりした結果、その光の一部が角膜を通り網膜に当たって相応の感覚刺激が生じます。その後に知覚的に生じるある種の結果を何々色と呼ぶのです。

 そして完全な黒という色覚は、網膜上において可視光がまったく届かなかったということになるはずなのですが、よくよくこの混色による黒というものを観察すると、実際には何かしら複雑な色調を見て取ることができるはずです。

 デスクトップ・パブリッシング(DTP)および印刷業界などの技術面でCMYKという色のシステムがありますが、そこで扱われる黒はずいぶんと深い黒を生じさせます。
 先ほどの濃灰色の場合は、CMYKのK(Key Plate)に割り振られた色(黒インク)に見られるよりも多く可視光を反射している、ということになるわけです。
 通常、CMYの混色だけでもバリエーションはつくり出せますが、やはり黒の深さが弱いのです。そこに、別のインクを導入することで深い黒を生じさせるわけです。
 ただし、濃灰色といえどもこれに隣接する色が白に近いほど、この濃灰色はより深い黒として知覚されます。

 いずれにしても、これらの色現象は、そもそも絵具に用いられている物質の特質に由来します。